子どもに、夫に、職場の部下に。「何回言ったら分かるの?」と思ったこと、ありませんか。
間違ったことは言っていない。むしろ正しいことを言っている。相手も「わかった」とうなずいている。なのに1週間たっても、何も変わっていない。
言い方が悪いのかな。もっと強く言わないとダメなのかな。それとも、もう言うだけムダなのかな。そうやって疲れている人に向けて、この記事を書きます。
私は精神科医として、これまで3,000人以上の話を聴いてきました。そして実は私自身、診察室で同じことに何年も悩んでいました。ちゃんと話を聴いて、正しいことを伝えて、本人も「わかりました」と言って帰る。なのに次に会うと、何も変わっていないんです。
先に結論を書きます。相手が動かないのは、あなたの言い方のせいではありません。愛情や熱意が足りないからでもありません。「正しいことを言う」という方法そのものに、届かない理由があります。
この記事では、その理由と、私が「言う」のをやめて代わりに始めた3つのことを、実際の会話の例と一緒にお伝えします。最後に3つをまとめているので、保存して、誰かに何か言いたくなったときに読み返してください。
1|なぜ、正しいことを言っても相手は動かないのか
理由は2つあります。
理由① 「わかりました」は、納得のサインではない
ひとつ、会話を見てください。「疲れが取れない」と相談してきた人に、私がアドバイスをする場面です。
相手「最近、疲れが取れなくて。でも、今は休めないんですよね」
私「毎日頑張っているんですね。でも、体が一番大事ですよ。思い切って有給を取ってみたらどうですか?」
相手「(少し間があって)……そうですね。わかりました」
この人は来週、休むと思いますか。
先日開いた勉強会でこの場面を見てもらったら、ほとんどの人が「休まない」と答えました。みんな、家庭や職場で何度も見てきた「わかりました」だからです。
私が言ったことは間違っていません。体は大事ですし、休んだほうがいい。でもこの人は、休み方を知らないわけではないんです。有給の取り方なんて、とっくに知っています。分かっていても休めない理由があるから、困っているんです。
では、あの「わかりました」は何だったのか。あれは、アドバイスしてくれた相手をがっかりさせないための返事です。話を終わらせるための返事、と言ってもいいかもしれません。
子どもの「わかった、わかった」。夫の「はいはい、やっとく」。部下の「承知しました!」。心当たり、ありませんか(笑)
「わかりました」と「納得しました」は別物です。人が自分から動くのは、納得したときだけです。
そして納得は、人から説明されて起きるものではありません。自分で気づいたときに起きます。
私も最初は、伝え方の問題だと思っていました。だからもっと丁寧に聴いて、もっと分かりやすく説明しようとしました。でも、説明が上手になっても結果は同じでした。相手の「わかりました」が増えるだけで、行動は変わらなかったんです。
理由② 正しい言葉は、「あなたはダメ」に聞こえることがある
もうひとつの理由は、もっと怖い話です。
長く一緒にいる相手ほど、「この人の課題はここだな」とはっきり見えることがあります。片づけない子ども。家のことを後回しにする夫。同じミスを繰り返す部下。
でも、相手がまだそれを受け止められる状態にないとき、「あなたの課題はここだよ」という言葉は、本人には「あなたはダメだ」と同じ意味に聞こえます。
そう聞こえた相手は、「この人は自分をわかってくれない」と心を閉じます。話しかけても「べつに」しか返ってこなくなる。相談してこなくなる。正しいことを言ったのに、言う前より距離ができてしまうんです。
これは、私自身が何度もやってきた失敗です。限られた時間の中で相手の課題が見えてしまうと、どうしても伝えたくなる。「あなたの課題はここですよ。だから、こうしたらいいんですよ」と。
相手はうなずいてくれます。「なるほど、そうですね」と言ってくれる。でも、変わりませんでした。
そこで私は、「言う」のをやめました。代わりに始めたのが、次の3つです。
2|始めたこと① 「わかった」の前の“間”を見る
最初に始めたのは、相手の言葉そのものではなく、言葉が出てくる直前を見ることです。
さきほどの「有給を取ってみたら?」の会話を思い出してください。相手は「わかりました」と言う前に、少し間をあけていました。
この間に、本音があります。「それができたら苦労しない」「この人には分かってもらえなかった」。そういう気持ちを飲み込んでから、「わかりました」と言っているんです。
間のほかにも、サインはあります。目をそらす。声が小さくなる。返事だけが妙に早い。「でも」「だって」が口から出かかって止まる。
家族や職場の人のように毎日顔を合わせる相手ほど、私たちは言葉だけを聞いて、顔を見なくなります。「わかった」と聞こえた時点で、会話を終わらせてしまうんです。
こういうサインが見えたら、それは「まだ納得していません」という合図です。ここで説明を重ねても、相手は「わかった」を繰り返すだけです。
代わりに、こう聞いてみてください。
「いま、何か引っかかった?」
責める調子ではなく、ただ聞く。それだけで、「実は……」と本当の話が始まることがあります。
たとえば子どもに「宿題を先にやったら?」と言って、少し間があってから「……わかった」と返ってきたとします。そこで「なんか引っかかってる?」と聞いてみる。すると「だって、どこが分からないのかも分からない」と、やらない本当の理由が出てくるかもしれません。
理由が分かれば、かける言葉は「早くやりなさい」ではなくなりますよね。
3|始めたこと② 正しいことを言いたくなったら、質問をひとつする
2つめは、アドバイスを質問に変えることです。「こうしたらいいのに」が喉まで出てきたら、いったん飲み込んで、質問をひとつだけします。
私がよく使う質問は2つあります。
質問A「それは、実際に起きたこと? それとも、想像?」
たとえば、こんなふうに落ち込んでいる人がいたとします。
「会社で、同僚が上司に『仕事が早くて素晴らしい』と褒められていたんです。それを聞いて、私は仕事が遅いからダメなんだと落ち込んでしまって」
ここで「そんなことないよ」「あなたはあなたのペースでいいんだよ」と言いたくなります。正しい言葉です。でも、たぶん届きません。
この人の話をよく見てください。上司が褒めたのは同僚です。この人については、何も言っていません。
「同僚が褒められた」という実際に起きたことと、「だから私はダメだ」という頭の中で起きたことが、ひとつに混ざっているんです。
そこで、「それは、実際に言われたこと? それとも、想像?」と聞きます。
するとたいてい、少し考えてから「……私が遅いと言われたわけでは、ないです」と返ってきます。「私、また悪いほうに考えていた」と、自分で気づくんです。
実際に、こんな方がいました。「職場で嫌われているに違いない」「こんなにやっているのに認めてもらえない」と苦しんでいた方です。
周りから見れば、嫌われてなどいません。でも「嫌われていないですよ」という正しい言葉は、まったく届きませんでした。
そこで私は、「実際に自分から誘ったり、相談したり、働きかけたりしたことはありますか?」と聞きました。答えは「……ない」でした。
働きかけたことがないのに、嫌われていると思っていた。つまり、頭の中の想像だった。そのことにご本人が自分で気づいてから、少しずつ自分から声をかけるようになりました。
すると、周りは普通に受け入れてくれたそうです。同じ職場、同じ同僚のまま、仕事が楽しくなったと話してくれました。
周りは何も変わっていません。変わったのは、本人の見え方です。そしてそれは、私に言われたからではなく、自分で気づいたから続きました。
質問B「もし、それをやらなかったら何が起きると思う?」
もうひとつの質問は、相手が「〜しなきゃ」「〜できない」と言うときに使います。
最初に出てきた、「疲れているのに休めない」人の話に戻ります。今度は「有給を取ってみたら?」と言わずに、質問で関わってみます。
私「休めない。何があって、休めない感じですか?」
相手「職場でも家でも、やることが山積みで。後輩のシフトの穴も私が埋めているし、家事も全部私で」
私「それは、誰かに頼まれてやっていること? それとも、気づいたら自分がやっている感じ?」
相手「……気づいたら、私がやっていますね。私がやらないと回らないので」
私「もし、やらなかったら、何が起きると思いますか?」
相手「困る人が出るし……断ったら、嫌な顔をされるかなって」
私「実際に、断って嫌な顔をされたことはありますか?」
相手「……ちゃんと断ったことは、ないかもしれないです」
ここで見えてくることがあります。この人は疲れていて休みたいのに、頼まれてもいない仕事を自分から抱えにいっています。休みたい気持ちと、やっていることが矛盾している。こういう矛盾があるところに、本当の課題が隠れています。
さらに聞いていくと、こう話してくれました。
相手「休んだら、『いなくても大丈夫』と思われる気がして」
私「そう思われたら、それはどういうことになるんでしょう?」
相手「……私がいる意味がない、ということになる気がします」
そして最後に、本人がこう言います。
「ああ……私、誰かに頼られることで、自分の価値を証明しようとしていたんだ。だから、休めないんだ」
私は一度も答えを言っていません。「頑張りすぎですよ」とも「休みなさい」とも言っていない。本人が、自分の言葉で気づきました。
表に出ていた悩みは「休めない」でした。でも本当の課題は、「頼られていないと、自分には価値がないと思っている」ことでした。
ここが見えないまま「有給を取ったら?」と正しいことを言っても、この人は休めません。休めたとしても罪悪感でいっぱいになって、翌週にはまた全部抱えているはずです。
家庭でも同じです。「早く寝なさい」と言いたくなったら、「寝るのが遅くなると、明日どうなりそう?」と聞いてみる。質問をひとつ挟むだけで、こちらが答えを渡す会話から、相手が自分で答えを探す会話に変わります。
4|始めたこと③ 「今、言うか」を決める
3つめは、言うか言わないか、いつ言うかを、こちらが選ぶことです。
質問に変えるといっても、どうしても伝えたいことはあります。そのときに大事なのは、内容よりもタイミングです。
ある方の話をします。その方は、仕事でも家庭でも必死で、自分のことはいつも後回しでした。毎日疲れ切っていて、自分にも周りにも厳しく、ご家族との関係も険悪になっていました。
はじめのうちは、誰が何を言っても素直に受け取れない状態でした。頑張ってきた人だからこそのプライドがある。「ちゃんとしなきゃ」という長年の思い込みもあります。
私から見れば、課題ははっきりしていました。やらなくていいことまで、自分でやりすぎている。完璧にやろうとするから、思い通りにならないことすべてに腹が立つ。
でも私は、「やりすぎですよ」とも「怒らないで」とも言いませんでした。言ったところで、そのときのその方には届かなかったと思います。おそらく「あなたはダメだ」と聞こえて、心を閉じてしまったでしょう。
代わりに、質問をしながら待ちました。すると回を重ねるうちに、その方が自分で言い始めたんです。「私、やらなくていいことまでやっている」「だから周りが私に頼りきりになっているんだ」と。
そこからは早かったです。自分のために時間を使うようになり、運動を始め、険悪だったご家族との関係もよくなっていきました。
相手をよく見ていると、こういう判断ができるようになります。
・今はまだ、言わないでおこう
・今なら、受け取れそうだ
・今日は、ここまでにしておこう
「言わない」は、あきらめることではありません。相手が受け取れるときまで、取っておくということです。
正しいことほど、届けるタイミングが大切です。同じ言葉でも、タイミングが変わるだけで、届き方がまったく変わります。
目安をひとつ挙げるなら、相手が自分から「どうしたらいいと思う?」と聞いてきたときです。それは、受け取る準備ができたサインです。伝えたいことは、そのときまで取っておいてください。
まとめ|言いたくなったときに思い出してほしい3つのこと【保存用】
① 「わかった」の前の“間”を見る
間があったら、まだ納得していない合図です。説明を重ねずに、「いま、何か引っかかった?」と聞きます。
② 正しいことを言いたくなったら、質問をひとつする
「それは実際に起きたこと? それとも想像?」「もし、それをやらなかったら何が起きると思う?」。答えを渡すのではなく、相手が自分で見つけるのを手伝います。
③ 「今、言うか」を決める
言わないでおく。今日はここまでにする。それも立派な関わり方です。
何度言っても動いてくれない相手がいても、それはあなたの力不足ではありません。愛情が足りないわけでも、言い方が下手なわけでもない。相手がいま何を受け取れる状態なのかを、まだ見ていなかっただけです。
見る場所が変わると、言うタイミングが変わります。タイミングが変わると、同じ言葉でも届き方が変わります。私にとってこれは、診察室でも、主宰しているコミュニティでも、家族との間でも、人との関わり方がすべて変わった気づきでした。
とはいえ、家族が相手だと、私もつい正論をぶつけてしまいます。精神科医でもそうなので、できない日があっても自分を責めないでくださいね。
今日、誰かに何か言いたくなったら。言う前に3秒だけ、相手の顔を見てみてください。
最後に|相手のために言い続けて、疲れてしまったあなたへ
家族や職場の人のために言い続けて疲れてしまう人は、自分のことを後回しにして頑張ってきた人でもあります。
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